Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui http://fknb291.info/

『新潮』編集長・矢野優さんの言及もあって、いまだに少なからぬアクセスあり。

>>>ウィリアム・エグルストンアレックス・チルトンの話題(福田和也さんのツイッターより)
http://d.hatena.ne.jp/n-291/20100322#p2
↑この記事です。


◇ yano yutaka: 写真家ウィリアム・エグルストンとロック歌手アレックス ... - Twitter

写真家ウィリアム・エグルストンとロック歌手アレックス・チルトンの関係は刺激的だが、福田和也さんのツイートに鋭く応答したブログ。筆者はThe BMW Paris Photo Prize の審査委員賞を受賞された写真家。 http://bit.ly/bf8SY6

http://twitter.com/ynytk/statuses/10938316434
矢野さんのツイートをRTされた方からのアクセスも多数。ツイッターの影響力は大きいですね。


◇ Green On Red/Here Comes The Snakes - six days on the road

■Aaron SpadeのサウンドがdB'sやPaisley Undergroundなどからの影響を抜きに語られないように、SneakersやdB's、ReplacementsもまたBig Star〜Alex Chliltonという存在を抜きに語ることはできない。Chris Stameyら音楽好きのごく一部の少年たちはほぼリアルタイムでその存在を認知していたようだけど、70年代末〜80年代前半にかけて、街のレコード屋でdB'sやSoft BoysなどのPunkやNew Waveなどのシングルを集めていたような青年たちがそのルーツを探る過程で発見したのがBig Starだったのであり、つまりそれは当時のロックと彼らが幼年期に耳にしたはずのBeatlesやKinksなどとの架け橋になったと考えられなくもない。後にBanglsを結成し"September Gurls"をカバーすることになる少女たちも、多分そんな彼ら彼女たちの一人だったのかもしれない。だからなんだという話。

■ロック好きとしても知られる文芸評論家の福田和也氏は、某所にて「これは文学観の問題なのだろうが、私にとって文学の新しさと本質は関係がない。つまり、文芸の本質は、人間の本質と同様に不変なのであって、その不変なるものを汲み取り、現代の世態風俗に合わせることが、作家、文学者の役目なのだ、と。」と書いていた。これも音楽観の問題だが、音楽についてだって同じことが言えるはずだ。

■Peter Holsappleが自身のブログでAlex Chilton先生について書いた「彼は音楽というものをわかっていた」という追悼コメントは、そんなことを表現しているのだろう。Box Tops〜Big Star〜ソロと1960年代から2000年代にかけて約40年にわたり音楽の本質をとらえ常にリアルな音楽を発し続けたAlex Chiltonという人とそのサウンドは、だからこそ我々音楽ファンの魂をどうしようもなくふるわせるのであり、優れた文学同様そこに批評を発生させ、批評というにはほど遠いこのようなブログを書いたり読んだりする人を生み出し続けるのだ。批評家のみなさんは今からでも遅くないから、Alex Chiltonをまじめに論ずるべきだと思う。O My Soul !!

http://blog.livedoor.jp/sixdaysontheroad/archives/51495321.html
sixdaysontheroadさんによるこちらの記事からのお客様も多数。