Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui http://www.nobuhiro-fukui.com/

2011年3月22日(火)

佐々木敦さんのツイッターより
佐々木敦 (sasakiatsushi) on Twitter

後藤氏が素晴らしいのは、ご専門の部分については極めて明解かつ丁寧に解説しつつ、自分が情報/事実として知らないことは、それは知らないわからないとはっきり述べるから、だけではない。そのあとに、だが考えられることがあるとすれば、この可能性とこの可能性である、と続けられることだと思う。

もちろん、ありうる可能性の提示や推測といったことは、言説に公的な責任を負わずに済む、当事者でない立場だから言えるのだ、という見方もあるかもしれない。だが、だからこそ、私にはこのような可能性があると思える、と不特定多数の他者に向けて表明するのは、大変な勇気のいることなのではないか。

(3月15日)

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東京で逃げるの逃げないの言ってる人たちは、逃げたくて逃げられるのなら静かに勝手に逃げればいい。誰も止めないし咎めない。でもそうでないならごちゃごちゃ言わず事態を冷静に見守れ。不安なのは誰でも一緒。不安を恐怖や絶望に押し流そうとする力に負けるな。被災地の人々の事を考えろ。想像しろ。

わけのわからない買い占めにしても、だって不安なものは不安なのだし、不安に駆られてのエゴイスティックな行動だって仕方ない、だってそれが普通の人間というものなのだから、それを責めるのは一種の差別である、というような意見があるのかもしれないが、僕はまったくそうは思わない。

そういう悪しき「普通人信仰」というか「凡人主義」は、幼稚な知的エリーティズム(崇める方も威張る方も)と裏腹である。まさしく人間は、そんな風に分けられるものじゃない。私たちは、もっと賢く、強く、優しくなれる筈だ。

(3月16日)

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地上波のニュースを観ていると、ニュースバリューとコンテンツバリューをいまだに勘違いしてるとしか思えない報道が多い。悲劇と美談とそのリピートが大好き。

同じく、影響力を持った方々の言動も、本物の真摯さを帯びていると思えるものと、こういう時にはこういう発言が望まれるんでしょうというような、マーケット分析みたいなのに沿って言って/書いてみせてるとしか思えないものもあって、少々うんざりする。品性と知性は必ずしも両立しない。

(3月17日)

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ヒアホン創刊号に付けたコンピレーション・アルバムの音源から、とりあえずアーティストの許諾が取れた楽曲を以下にアップしました(ミュージシャンの皆さん、急なお願いですみません、感謝です!)。クリックするとmp3で再生されます。http://p.tl/eVV2

暗闇の中で工事の人が黙々と立っている。

(3月18日)

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1「する/しない」と2「したい/したくない」と3「できる/できない」は、全部違う次元の問題だ(他に「すべき/すべきでない」もあるが)。この中でもっとも重要なのは勿論3である。したかろうがしたくなかろうが、実際にするのであれしないのであれ、できることしかすることはできないからだ。

だから僕は正直言って、内田樹氏などの発言は、その優しさには一定の敬意を払うけれど、よくわからないのだ。できたのでしたことに疾しさを感じてる人や、できるししたいがまだしてない人も大事だが、したいのにできないのでしてない人、そのことに震えてる人の方が、よほど深刻なのだと思うから。

(3月19日 昼)

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今回わかったことのひとつは、頭の良さと賢さは、必ずしも共存しないということだ。そしてそのことがどうしてもわからない、肩書きと演技に弱い人たちも思ったより多いということだ。まあそれはそれで純然たる事実として受け取るまでだけど。でも、まあ正直、少なからずがっかりですけどね。仕方ない。

(3月19日 夜)

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クヌートが。。

多和田葉子『雪の練習生』を読んでください。

(3月20日)

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芸術を殊更に否定してみせる身振りこそ芸術の芸術性に支えられている。昔、小泉義之だったか、アガンベンのことだったかを、退廃したスコラ、とか呼んでいたと記憶するが、まさに然り。頭の体操はもう結構。

(3月21日)
http://twitter.com/sasakiatsushi


エクス・ポ日記
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※過去の佐々木敦さん関連
http://d.hatena.ne.jp/n-291/searchdiary?word=%BA%B4%A1%B9%CC%DA%C6%D8

http://d.hatena.ne.jp/n-291/20110322