Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui http://fknb291.info/

[資料 2019-06-30]Fine Artと写真村・サブカル・中間領域等々との断絶に関連しての永田康祐さんとの対話

◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2018年09月24日 - Twilog

次の記事を読む限り特に何もなさそうです。Unseen Amsterdam Unveils 2018 Campaign Artist | Unseen https://unseenamsterdam.com/unseen-amsterdam-unveils-2018-campaign-artist 日本発の日本的なカルチャーへの期待が特定領域においてはまだ有効だというのもポイント。“Japanese digital artist Kenta Cobayashi”という表現も気になるところです。 https://twitter.com/knagata_org/status/1043892428275499008

1980年代から特に驚くような大きな動きはなさそうです。“それ”を“写真だけ”というジャンルで囲い込み、外から守られた状況に置く(密輸入する)から、そうした領域内の“住人”が内輪で何か新しくて価値があるように思いこむという構造。“写真”の外でボーダレスな判断をされてしまうとやはり厳しいですね。 https://twitter.com/knagata_org/status/1043892429382795264

https://twilog.org/n291/date-180924/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2018年09月25日 - Twilog

PIAとはなんなのでしょうか?Photo Imaging Associationといった単語も思い浮かびますが。ちょっと文意を測りかねるので、まずはそれについて教えてください。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044268008313503744

なるほど!失礼しました。しかし、PIAって、もう終焉したんでしたっけ?誰が始めて、誰が終わらせたんでしょうか?それはなかなか興味深いことですね。PIAのAはFine ArtのArtとは違ったもっと広い概念なんでしょうけども。例えば「おかんアート」のArtや「技術」という意味のそれも包含するような。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044549572566016001

前述のツイートを遡っていただければわかると思いますが、私は“写真”(写真村、サブカル系、中間領域)といった狭い領域での話をしているわけではなくて、Fine Artとしては普通にキビシイのでは?といった話をしていたのですが。ですので、従来の写真論云々といったことも、あまり関係はないのですが。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044549572566016001

ちょっとわからない部分も残るんですが、なんとなくわかってきました。実際、そうしたインターネット以降の作家だと目される作家たちのうちマーケット的にも“批評”的にも篩にかけられて残った人々とそうではない人々がいると思っていて、そうしたことをブームの終焉と考えるのであれば理解できます。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044577375269208064

Roxana MarcociのキュレーションしたNew Photographyということでいえば、彼女がLouise LawlerのRetrospectiveも担当したこともわかるように、1977年以降の再考であり、1980年代的フェミニズムの動向であり、美術における写真の覇権をドイツからアメリカへという動きであり(これは要検証)ですよ。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044577375269208064

いや、基本的にはその周辺だいたい全てですよ。その周辺に群れ集っているという時点でキビシくないですか?もちろん、これは非常に私個人のうがった見方でもあるとは思うのですが、Fine Artの世界からすると、まあそうなのではないかなという。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044583463834148866

いや、小林健太さんは面白い部分もあると思います。でも、本人が天然っぽいし、曖昧で、まだまだ絞り込まれていない感じがするので、とても危うい感じです。写真文脈云々とか関係なく、評価する読み筋だって、もちろん存在すると思います。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044583463834148866

https://twilog.org/n291/date-180925/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2018年09月27日 - Twilog

軽井沢のフォトフェスティバルとは、浅間国際フォトフェスティバルのことなんでしょうか?先日のワークショップで今道子さんの話になったついでに、うつゆみこさんの話になって、画像を検索しているときに、そうした催事が行われているということに気づきました。永田さんもいろいろ見てますね。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044587773867438080

「〜そういう話です。」というのが、ちょっと抽象的でわからなかったのですが、MoMAの件と軽井沢の件ではなく、Unseenと軽井沢という理解で良いのでしょうか?前者だとかなり不釣り合いですし、そこはあまり結びつかないですよね。全然異なる世界の話だと思います。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044587773867438080

浅間国際については、1980-90年代式の仕事の仕方を雑誌広告芸能といった世界で学んで、ほとんどそのままのマインドのままでいる人々が回している限り、難しいのではないでしょうか?そうした人々は催事を重ねるごとにプロフィールの行数を増やしていきますが、その内実はというと常に疑問です。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044587773867438080

当たり前のことですが、きちんとした個別の専門性を持った人材を集めてチームを組んで仕事をしないと、なかなか上手くはいかないでしょうね。もちろん、それでもフェスティバルのキュレーションには難しさもつきまとうのでしょうけども。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044587773867438080

まあ、具体的にはとても細かい話になっていくので、ツイッターでのやり取りにはあまり向かないですね。New Photographyについても、永田さんは単に2015年だけの話をしているようにも思えるし、ひょっとしたらもう少し知っているようにも思える。前提とする事実のすり合わせがまず必要ですね。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044587773867438080

2015年のその件は、中森康文さんやマーサ・ロスラーも同席していたトークですよね。内容はほとんど覚えていませんが、もう少し何か話していたような。。コットンはまあいいでしょう。あと、マルコーシがちょくちょく話すジェフ・ウォールのテクスト(デジタル化にも言及している)は1989年発表ですよ。 https://twitter.com/knagata_org/status/1044586657133936640

https://twilog.org/n291/date-180927/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2018年09月29日 - Twilog

[脱字訂正]
誤:1977年以降の再考であり、1980年代的フェミニズムの動向であり、
正:1977年以降の再考であり、1980年代的フェミニズムの動向との関連であり、 https://twitter.com/n291/status/1044583782987120640

New Photography 2015 @MuseumModernArt について、ロクサナ・マルコーシは、ジェフ・ウォールの1989年発表のテクストに加えて、ジークフリート・クラカウアーの1927年発表の論考についても言及。1920年代のメディア状況とインターネットの大衆的な普及以降の状況の類比的な関係ということでしょうか。 https://twitter.com/n291/status/1045163105565601792

https://twilog.org/n291/date-180929/allasc