■“何かしようと決心する前に身体が勝手に素早くある動きを
してしまうということは日常よくあることで、しかも、そういう動きには、その人を
理解するのに重要な要素がたくさん含まれているから、「思わず」という言葉をわた
しは以前よく使っていた。そのうち、日本語で小説を書く時に、この言葉を連発する
のをやめた。たとえばカフカの小説を読んでいると、思わずに当たる身振り、動き、
行動で一杯だが、「思わず」に相当する言葉は使われていない。カフカはそんな単語
を必要としなかった。「思わず」という単語に頼らなくても「思わず」の文学を作る
ことは可能なのだ、と気がついたのも、ドイツ語に出会ったおかげなのかもしれない”
多和田葉子『カタコトのうわごと』（青土社）より
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