Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

福田和也『甘美な人生』(ちくま文芸文庫刊より)

 モルタル造りの山門をくぐり、本堂の脇から庫裏に抜ける路の左、本堂の裏手に当たる場所に、小石が一面に並べられていた。帰宅してから調べると、この石群は、江戸中期にこの寺を開基した禅僧が殺した弟子たちの墓と言い伝えられていた。
 この僧侶は、自らの肖像画に、蒙僧を鏖殺〔おうさつ〕する(本当に「鏖」という文字を使っている)という偈〔げ〕を記している。彼が蒙僧と呼ぶのは、戒律を破ったり、信心に欠けている僧ではない。彼が悟りと呼ぶ境地に至る事の出来ない僧の事である。しかし悟る事の出来る者など、此の世に居るのだろうか。
 見込みがない修行僧を、彼は容赦無く殺したと云う。自ら弟子を踏み殺し、殴り殺し、回向もせずに埋めた屍の上に石を置き見せしめにしたのが、その石群である。

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筑摩書房 甘美な人生 / 福田 和也 著

この世の如何なる酸鼻であろうと許容し、愚劣で、無意味な生存を肯定する。此岸を「彼方」として生きる明確な意志さえあれば、人生は「甘美」な奇跡で満ち溢れる。柄谷行人の「営みとしての批評」を炙り出し、破壊的な衝動と理不尽な力を村上春樹の小説に読みとる。芥川の「憎悪と笑い」、谷崎の「虚無的な決意」、日本の弱き神の脆き夢としての『万葉集』…、さまざまな文学を巡りながら、およそ倫理や社会道徳に迎合することなく、世俗の最も愛情こまやかな絆からさえ逃れ出る、耽美への意志が穿つ現世の真実。平林たい子賞受賞の挑戦的な評論集。

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