Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

落合多武展@小山登美夫ギャラリー京都 - TOMIO KOYAMA GALLERY

http://tkgallery.exblog.jp/19737154/


◎ 木村友紀 x 落合多武小山登美夫ギャラリー京都 2012 - Tomio Koyama Gallery

タカ・イシイギャラリー京都と小山登美夫ギャラリー京都は2つの個展、木村友紀「Interior 6L01〜107T」、落合多武Meadow Traveler, Madeleine Severin(牧草地の旅行者、マデリーン・セヴェリン)」を同時開催いたします。また同期間中、TKGエディションズ京都では、木村と落合の企画によるグループ展「足りないOのために“KYTO”」(展示作家:伊藤りょう子、ニシジマ・アツシ、大木裕之)を開催いたします。

http://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/kimura-ochiai-tkgk-2012/

2012-12-30 - 偽日記@はてな

 ●今年触れることのできた様々な意味での「作品」のなかで最も強い刺激を受けたのはおそらく大エルミタージュ美術館展のマティス「赤い部屋」で、もちろんセザンヌ展もすごかったのだけどたくさんの作品をいっぺんに観たので、作品単体のインパクトとしては、やはりマティスということになる(そして、セザンヌマティスと拮抗するくらい衝撃を受けたが、14の夕べでの小林耕平+山形育弘、伊藤亜紗のパフォーマンスだった)。エルミタージュ展には三回行ったのだが、ほぼこの作品しか見ていない感じで、他にもいいものがたくさん来ているのでちゃんと観ようとは思うものの、この先に「あれ」があるのだと思うとどうにも落ち着かず、結局三回とも、マティスの前にずっと張り付いているということになった。
この作品については、九月に尾道のなかた美術館のレクチャーと、十一月に佐々木敦さんの批評家養成ギブスとで、やや(ほんの僅かだが)突っ込んだ分析を試みたのだが、その時に考えたことをここにも書いておこうと思う。前にも同様のことを書いているのだけど、もうちょっと詳しく。

http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/20121230

再録(http://d.hatena.ne.jp/n-291/20120424#p9)

■金子遊のこの人に聞きたい「幻視の美学・松本俊夫映画回顧展」松本俊夫監督インタビュー - 映画芸術

 2009年1月17日〜2月27日まで「幻視の美学・松本俊夫映画回顧展」が渋谷のシアター・イメージフォーラムで開催されている。これは『薔薇の葬列』『修羅』『十六歳の戦争』『ドグラ・マグラ』の松本俊夫監督の劇映画全4本と、代表的な実験映画を一挙に公開する企画上映である。
 また、ここ数年、松本俊夫熱が高まっている。05年にはアップリンクから『松本俊夫実験映像集 DVD-BOX』が発売され、『映像の発見 アヴァンギャルドとドキュメンタリー』『表現の世界 芸術前衛とその思想』の2冊の評論集が清流出版から新装版で復刊された。映画作家としては、05年に六本木のSuper Deluxにてライヴ・インスタレーションを発表。06年には川崎市市民ミュージアムにおいて「映像の変革」と題した特集上映があり、企画展「眩暈の装置:松本俊夫をめぐるインターメディアの鉱脈」では新作のインスタレーションを発表した。そして、08年夏には高知県立美術館にて「松本俊夫映画祭」も開かれた。
 実験映画やヴィデオアートの草分けとして映画人にリスペクトされるだけではなく、美術家、ミュージシャン、ヴィデオジョッキー、PVディレクターたちからも注視され続ける松本俊夫という存在。映画監督、実験映画作家、美術家、映画・芸術評論家としての多彩な顔を持ち、日本大学芸術学部の大学院で教鞭をとりつつ、77歳にして意欲的に活動を続ける異才にインタビューを試みた。
(聞き手/構成:金子遊 写真:久保田滋)

posted by 映芸編集部 at 2009/01/21 14:06

http://eigageijutsu.com/article/112941591.html


>>>松本俊夫のことば
http://d.hatena.ne.jp/n-291/20070108#p3


※過去の松本俊夫さん関連
http://d.hatena.ne.jp/n-291/searchdiary?word=%be%be%cb%dc%bd%d3%c9%d7

関西レポート#2|関西のオルタナティブスペース - blanClass+column

タイミングを逃し続けこんなに遅くなってしまいましたが、9月末に、京都と大阪へ行ってきました。

そもそもの目的は、国立国際美術館(大阪/中之島)で行われていた展覧会「<私>の解体へ 柏原えつとむの場合」と「リアルジャパネスク」を見に行く為でしたが、せっかくなので、いくつか面白いスペースを回ってきたので、ご紹介します。

国立国際美術館での展覧会を見た後、キュレーターの橋本梓さん伺ったところ、大阪では、住之江地区の北加賀屋の周辺と、此花地区で面白い動きがあるとのことでした。

時間の都合で、北加賀屋には行けなかったのですが、此花地区に行ってきました。

http://d.hatena.ne.jp/blanClass/20121230/1356858390

The Great Train Robbery (1903) Full COMPLETE Original Film RESTORED - YouTube

This is the longest and most comlpete version of the film available.


Filmed in November 1903 at Edison's New York studio, at Essex County Park in New Jersey, and along the Lackawanna railroad and released in December 1903, "The Great Train Robbery" is considered to be one of the first significant early US narrative films. Greatly influenced by the British film "Daring Daylight Robbery" (1903) it introduced many new cinematic techniques (cross cutting, double exposure, camera movement and location shooting) to American audiences. It was directed by Edwin S Porter and stars Justus D. Barnes as the head bandit, G. M. Anderson as a slain passenger and a robber, Walter Cameron as the sheriff.


Original film in the public domain. Print provided by the US Library of Congress. Film remastered, tinted and new soundtrack added in 2011 by The VIdeo Cellar.


Music: Kevin MacLeod

http://youtu.be/zuto7qWrplc

Edison Kinetoscopic Record of a Sneeze, Jan. 7, 1894 - YouTube

The earliest surviving copyrighted motion picture, the Edison Kinetoscopic Record of a Sneeze is a short film made by W. K. L. Dickson in January 1894 for advertising purposes. Often referred to as "Fred Ott's Sneeze," this is is one of the world's earliest motion pictures and America's best known early film production. The star is Fred Ott, an Edison employee known to his fellow workers in the laboratory for his comic sneezing and other gags. This item was received in the Library of Congress on January 9, 1894, as a copyright deposit from Dickson.


Two other Edison experimental films on the Library's YouTube site - DICKSON GREETING (May 1891) and NEWARK ATHLETE (May or June 1891), predate The Sneeze. The Sneeze was submitted for copyright as 45 frames from the motion picture printed as positive prints on paper rather than as a reel of film. The prints were mounted on cardboard and submitted to the Copyright Office in this form. The video of the Sneeze on loc.gov and YouTube was later rephotographed and turned into a moving image from these mounted frames.

http://youtu.be/2wnOpDWSbyw

首相「原発新たに作る、福島と全く違うものを」 : 政治 - YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 安倍首相は30日のTBSの番組で、今後の原子力発電所建設について「(東京電力福島第一原発の事故原因等々を冷静に見極める」とした上で、「新たに作っていく原発は、40年前の古いもの、福島第一原発とは全然、違う(ものにする)。国民的な理解を得ながら新規に作っていくことになるだろう」と述べた。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20121230-OYT1T00563.htm

約4か月前

◇ 「原発ゼロで電気料金2倍」の欺瞞とそれを垂れ流す無責任なメディア - YouTube

ニュース・コメンタリー (2012年09月08日)
原発ゼロで電気料金2倍」の欺瞞とそれを垂れ流す無責任なメディア
 「原発をゼロにすると電気料金が2倍になります」と言われれば、「それは困る」と考える人は多いだろう。しかし、この表現には、原発を維持しても1.7倍になることが隠さ­れている。「原発をゼロにすると2倍、維持しても1.7倍だったら、あなたはどちらを選びますか」と問われたら、どうだろうか。
 野田首相が2030年に原発をゼロにした場合の影響を精査するよう指示をしたところ、経産省から枝野経産相名である資料が4日提出された。その内容は1年半前の原発事故以­降、事故の反省の上に立って行ってきた様々な努力や改革をすべて無にするかのような欺瞞に満ちたものだった。

http://youtu.be/ceCI1vX7WYw  

再録(http://d.hatena.ne.jp/n-291/20070722#p3) ※2007年7月 ※※リンク切れあり

■対蹠地で放射能?→平井憲夫氏の怪文章?→候補地に20億?→ホニャララ団登場の過去?→原子力立国?
チャイナ・シンドローム&ブラジル・シンドロームは比喩的表現ってことで、
理論上はともかく、実際は核燃料が地表を溶かすほど高熱になる前に原子炉が吹っ飛ぶらしいです*1
本当にそういうこともあるのかと思ってました。

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原発がどんなものか知ってほしい」関連*2は詳しく読み込んでいくと、かなり時間をとられそうなので、
「原発がどんなものか知ってほしい 第2版」http://www.faireal.net/articles/6/12/)の
『Re:原発がどんなものか知ってほしい』で反論した人自身、同じ勘違いをしている」
という言葉を、ひとまず信頼するとして、あとまわし。
愛・蔵太さん(id:lovelovedog)の手腕に期待。


……と、思ったら、id:nofrillsさんの考察を発見しました。
◇ I have got some news from ...
http://d.hatena.ne.jp/nofrills/20070721 ※2つ目の項目以降を参照

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とりあえず、マル激の原発政策の回でも
見直して(聴き直して)みようと思います。


◇ マル激トーク・オン・ディマンド 第317回(2007年04月27日)
「見えてきた原発政策の限界」
ゲスト:伴英幸氏(NPO法人原子力資料情報室共同代表)

 実際政府は最終処分場探しに躍起になっている。「手を挙げるだけで2億円」と揶揄された立候補地に対する事実上の報奨金も、2億円では過去5年間どこからも手が挙がらず、ご褒美を20億円に増額したところ、ようやく日本中でただ一つ東洋町が手を挙げていた。これは文献調査を行うことのみに対するインセンティブということなので、文字通り報奨金と呼ぶべき性格を持つ。今回争点となった東洋町の前町長は、この立候補が財政難に苦しむ町財政を救うための報奨金目当てであることを明言し、自ら職を辞して選挙に訴えることで、民意を問うていた。
 もっとも東洋町の場合、活断層が近くを通ると言われ、実際に処分場が建設される可能性は低いとの見方が強かった。つまり、本当に「手を挙げただけで20億円」で終わる可能性が高かった。にもかかわらず立候補地一つ現れないのが、現在の日本の原発政策の実情なのだ。

http://www.videonews.com/on-demand/311320/001055.php
※「お話をうかがってるとね、原子力行政の50年の歴史を振り返ると、
  予定通り行ったってことは、じゃあ、殆どないですね」
  (宮台真司さん PART1 - 00:39:27)
※「だから、原発御殿、ダム御殿みたいなのが、もうそこらじゅうにあって、
  でも何かみんなあんまりハッピーじゃなかったりするんだけど」
  (神保哲生さん PART2 - 00:30:06)


原発政策ってこんないい加減なものだっだんですか(マル激第317回) - ジャーナリスト神保哲生
http://www.jimbo.tv/videonews/000375.php ※こちらはコメント欄があります。


◇ ドイツ映画「みえない雲」 もはやフィクションではない - 芸術的な日々
http://masagata.exblog.jp/7139639


◇ 317回(2007年04月27日)見えてきた原発政策の限界:伴英幸氏 - 東京のばかやろーブログ
http://yuukinohan.exblog.jp/5505991


◇ 環境のことをいろいろ思い、平田五郎作品を思う - 来世牧童になるために

宮台さんは、 
原発依存的社会や経済システムがすでに回っている場合、批判することが難しい、批判者は自身もすでに原発に依存した社会の一員であることを問われてしまい、批判しずらくなる傾向がある… という話をしていた。
そして、それを乗り越える考えとして、ウルリッヒ ベックのリスク社会論が紹介されていた。
この本だな「世界リスク社会論―テロ、戦争、自然破壊」

http://d.hatena.ne.jp/manuka/20070430

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◇「活断層があると指摘したらヤクザがきたでござる」の巻 - J0hn D0e の日誌

いつ、どの原発について、誰に何を指摘したのか、全くわからないんだけど、「原発の下に活断層がある」って話と「殺すぞと脅された」って話だけは鮮明に覚えている。

http://d.hatena.ne.jp/j0hn/20070721/1185022046
こわっ。
なにせ、候補地に「手を挙げれば20億」ですから。
いや、10年前なら当時の報奨金は2億か。。。
ゴルゴ13』のプロットにありそうなシチュエーションです。
いずれにしても、陳腐な言葉かもしれませんが、
原発政策の背後に蠢く「巨悪の影」でござる。

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資源エネルギー庁 施策情報 原子力政策の現状について
http://www.enecho.meti.go.jp/policy/nuclear/nuclear00.htm
原子力立国計画
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/images/060810-keikakukosshi.pdf


◇ 核情報: 『原子力立国計画』全文発表
http://kakujoho.net/blog/archives/000050.html

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柏崎刈羽原発 東芝 | 新潟県中越沖地震 口コミ情報
http://jishin57.blog113.fc2.com/blog-entry-144.html


発電所 - (^ -^  )
http://d.hatena.ne.jp/ore_de_work/20060821

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原発 劣化ウラン フッ素4 - 阿修羅♪
http://www.asyura2.com/07/genpatu4/index.html


原発関連 追記
◇ ある火山学者のひとりごと(15174.)

朝日新聞の今朝(7月18日付)1面に「原発直下に断層か、建設の前提に疑問 中越沖地震」が載っています(http://www.asahi.com/national/update/0718/TKY200707170659.html)...


これに関連して,12年くらい前,某学会誌に掲載された活断層の論文(短報)に関して,掲載した某学会に対して,原子力委員会(だったと思う)K氏名で,「あれは単なる層面地すべりなので,論文掲載は不適当」の旨の抗議文が来た...某学会は学会誌に対する不当な政治的圧力に対する抗議とともに,撓曲(箱型褶曲)の肩部に活断層または巨大な”地すべり”があることは撓曲をつくっている地表には現れない地下の断層をきちんと調べるべきだという趣旨の反論をしています.


原子力委員会東京電力株式会社柏崎・刈羽原子力発電所の原子炉の設置について(答申)」(昭和52年8月23日):http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/ugoki/geppou/V22/N08/197705V22N08.html

http://www.arukazan.jp/bbs/


新潟日報 NIIGATA NIPPO On Line
IAEAに非協力の政府批判 http://www.niigata-nippo.co.jp/pref/index.asp?cateNo=1&newsNo=1342
知事、IAEA受け入れ要請 http://www.niigata-nippo.co.jp/pref/index.asp?cateNo=1&newsNo=1353


◇ 世界は怒っている・・・・ - 債券・株・為替 中年金融マン ぐっちーさんの金持ちまっしぐら
http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/e/3fda3b9971e8daa3a00c45e1bc84cd27


◇ 海外のプレスもこの程度 - von_yosukeyan の日記
http://slashdot.jp/~von_yosukeyan/journal/409834


チェルノブイリ事故の再来もあった  志賀原発で臨界事故が起きていた - SENKI
http://www.bund.org/editorial/20070325-1.htm

JX日鉱日石エネルギー水島製油所 - Wikipedia

1974年12月18日午後9時12分、三菱石油水島製油所(当時、現在のA工場)において、タンク(高さ24メートル、直径52メートル)が破損し、大量の重油が流出した。強風や引き潮などの悪条件が重なり、流れ出た重油は瀬戸内海東方へと拡散、対岸の香川県坂出市高松市、さらには鳴門海峡にまで到達、ノリやハマチの養殖などの漁業に壊滅的な打撃を与えた。漁業補償などの被害総額は536億円にのぼった。この事件が契機となって、翌1975年に石油コンビナート等災害防止法が成立・施行された。

http://ja.wikipedia.org/wiki/JX%E6%97%A5%E9%89%B1%E6%97%A5%E7%9F%B3%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E6%B0%B4%E5%B3%B6%E8%A3%BD%E6%B2%B9%E6%89%80