殴るかわりに、彼女は一枚の紙片に自分の住所氏名を走り書きして彼に渡した。「ほら」と彼女は精いっぱいに皮肉な調子で言い、かぼそい震え声を抑えるために唇を噛んだ。「忘れないで。わたしがいってしまったらすぐこれを細かくちぎることを忘れないでね」
やがてルチアナは静かな微笑を彼に向け、彼の手を握りしめ、名残惜しげに、「さよなら」とささやきながら彼に抱きついたが、それも束の間で、すぐ背をしゃんと伸ばし、無意識のうちに気品と優雅さとを見せながら歩み去った。
彼女が立ち去ったとたん、ヨッサリアンは紙片を破り捨て、ルチアナみたいな若くて美しい女がいっしょに寝ながら金をくれと言わなかったのでなんだか大物になったような気になって、反対側に歩いていった。彼はひとりで悦に入りながら赤十字ビルの食堂に入り、やたらに種類の多い異様な軍服を着た何十人もの軍人とまじって朝食をとりはじめたが、突然、服を脱いでいる、服を着ようとしている、それからまたベッドに入ってもピンクの人絹シュミーズを身につけたまま激しく彼を愛撫したり、しゃべりつづけたりしているルチアナ、ルチアナ、ルチアナのイメージにとり巻かれてしまった。ヨッサリアンは彼女の長い、しなやかな、裸の、若々しくピチピチした腕や足を生意気千万にも引きちぎり、歩道の縁石から彼女をいい気になって溝に投げ捨てたという途方もない誤りに気がつき、卵つきのトーストを咽喉につまらせてしまった。彼は早くもルチアナとの別れをひどく淋しがっていた。食堂には甲高い声でだべっている軍服を着た個性のない連中がやけにたくさんいた。彼はまたすぐルチアナとふたりだけになりたいと切望し、そそくさとテーブルから立ちあがると外へ走り出て、自分のアパートメントのほうに急ぎ、溝に捨てた小さな紙の切れっぱしを探したが、それらは道路清掃夫のホースによってすっかり洗い流されてしまっていた。
ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22』より
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◇ キャッチ=22 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%81%3D22
◇ DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN『MUSICAL FROM CHAOS』
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