ストローブ・ユイレの作品は、セザンヌはなぜこんなに難解な言葉を語るのかっていうことを検証するような映画なんですが、実は僕にはこのセザンヌの言葉はすごく面白くて、共感を感じてしまうんですね。 〔略〕 最後の「光は、だから、画家にとっては、ないわけだ」という言葉など、それだけがセザンヌのテーゼとして自立しているようなもののように扱われてきてしまったわけです。ゴダールなんて、ずさんな人ですから、ここだけを得意気に引用するでしょうが。しかしこれを読んでいて誰でも思うように、やっぱり一番重要なのは「セザンヌが言っている光とは何だろう」ってことでしょう。セザンヌはバルザックのいった「光」に反発している。バルザックのいうように、光は存在しない。 〔略〕 長嶋がバッティングを指導するときに、「もうちょっと、ググッと、ズーンと」とかいう言葉。職人たちがしばしば、使う、得てして反語的に聞こえる言葉。「そうでない、真ん中は外すのだ」とか。この意味不明な、ちょっと日本語になっていない外国語のような言語。これは日本語でないのだと思えば、こんなテクストは意味を持たない。しかし意味が分からなくても、明らかにセザンヌは確信を持ち、ある力（この力を意図、意味の力としてもいいでしょう）を込めて、この言葉を使っているということは伝わるわけです。 〔略〕 だからここでセザンヌの言葉は、長嶋のバットと同じように、飛んでくるボールの核心に向けて、スイングしていて、そのボールがわれわれには見えなければ、スイングはほとんど言語として理解されないことも当然だというわけです。だからこそ「画家にとって、光も言葉も存在しない」ということになる。長嶋の言語が日本語として理解されないように。 〔略〕 僕なんかがセザンヌに惹かれるのは、はじめはセザンヌの言葉が、いったい何を言っているか判然としないのだけれど、ある技法を覚えたり絵を描いていく過程で、セザンヌが言っていた言葉の意味が分かってくる場面があるからなんです。 〔略〕 というのも、われわれが同質であると思っている日本語ですら、複数の異質の言語、相互に通訳不可能なさまざまな技術体系を含んでいるわけですから。つまり本当に理解不能なもの、外国語的なものは「長嶋茂雄的な言語」、「「こう」じゃなく「こう」」っていうね。中畑には伝わったらしいけれど、われわれにはこの「こう」がなぜ「こう」でないか、ほとんど分からない。その差を成立させるのが、本来はジャンルというものであった。つまり自国語などというものを崩壊させてしまう、外国語などというものを学ぶなんて悠長なことをいうまえに、自国語が使用法、技術によって、他国語に引き裂かれていくことを学ばなければならない。 〔略〕 「こう！でななくて、こう！」、こういう職人が使う言葉が意味不明のトートロジーでなく、技術として把握できるかどうか、そこにあらゆる学問の使命が関わってくるのでしょうし、教育っていうものが可能だとすると、その技術を伝える以外にはないだろうと思います。
『表象01』特集「共同討議＝閉塞する人文科学を超えて----いま、芸術を問う」
岡崎乾二郎＋中沢新一＋リピット水田堯＋ファブリアーノ・ファッブリ＋司会・田中純より
http://getsuyosha.jp/hyosho/hyosyo01.html
>>>『表象01』
http://d.hatena.ne.jp/n-291/20080416#p2
◇ ダニエル・ユイレ ジャン＝マリー・ストローブ『セザンヌ/ルーヴル美術館訪問 他2篇』
http://www.amazon.co.jp/dp/B000AYB2O4
◇ セザンヌ / ルーヴル美術館訪問 鷹見明彦 - ホルベインアーチストナビ カフェオランジュ 映画のエッセー
http://www.holbein-artistnavi.com/cafe_o/cinema/c_cinema21.html
◇ 引用、メモ。『セザンヌとの対話』 - 偽日記@はてな
http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/20070927
http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/searchdiary?word=%A5%BB%A5%B6%A5%F3%A5%CC
※古谷利裕さん（http://www008.upp.so-net.ne.jp/wildlife/）のはてなダイアリー。
◇ 著：ジョアキム・ギャスケ 訳：成田重郎『セザンヌとの対話』 - Amazon.co.jp
http://www.amazon.co.jp/dp/B000J7WBWY
◇ セザンヌ／ヨワヒム・ガスケ、与謝野文子 - オンライン書店 boople.com
http://www.boople.com/bst/BPdispatch?nips_cd=9831701119
