Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

杉田敦さんのジェームズ・タレル論「存在としての光──ジェームズ・タレルという視覚理論」より

 そもそも暗闇を照らし出すという役割に象徴されるように、光は知性を象徴するものでもある。光によって世界は照らし出され、知の領土となる。その意味での光は、明らかに科学的知性や西洋的知性を意味している。しかし、この燈火としての光が闇をもたらしているということはないのだろうか。確かに知性は、風景を一変させてきた。しかしそれは、対象をそれら固有の光で照らしたためであって、それだけのことにすぎない。しかもその際、それまで見えていた部分を新たな影で覆い尽くしてしまったということもありえないことではない。新たな影は非常に濃く、また想像以上に広がっている。

杉田敦『ナノ・ソート 現代美学、あるいは現代美術で考察するということ』(彩流社)所収
http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-1299-7.html
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-7791-1299-7.html
付箋をつけていた部分をひと通り再読しました。
上記抜粋箇所の初出は、『ジェームズ・タレル 未知の光へ』(水戸芸術館現代美術センター 1995)。


◇ ナノ・ソート - 京都精華大学情報館
http://johokan.kyoto-seika.ac.jp/index.php?fromkyoto%2F2008-02-20%2Fbook%2F1