Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

宇多丸師匠の『スカイ・クロラ』『ザ・マジックアワー』『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』評

スカイ・クロラ』→押井守監督
ザ・マジックアワー』→三谷幸喜監督
ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』→本木克英監督


◇ TBS RADIO 放送後記 第71回 (ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル)

今週のサイの目映画は『スカイ・クロラ』!

「予告を見た時から嫌な予感はしてたんですよ......『これってひょっとして、現実には存在しない問題について悩む話?』って。『イノセンス』の時にそれを感じたんですけどね。
 まず、このお話、非常に特殊な設定ですよね。大まかに言ってポイントはふたつ。戦争を代行する民間業者がいて、そこで"キルドレ"と呼ばれる若者たちが戦いに行っている。もうひとつは、そのキルドレたちは歳を取らない。このふたつの設定が小出しにちょっとずつ明かされていくんですね。その方法が悪いとは言わないけど、まずここがどこで、どの時代なのかも分からなくて、ずっとオロオロしているうち、後半になると途端に全部セリフで説明してくれちゃうという......だったらそれ、最初から説明しちゃってもよくね?っていう。
 あと、後半まで、ずーっとのっぺりしてるんですよ。それには一応理由があるんだけど......要は若者たちの『終わりなき日常』を表現したいんだろうけどさ......でも、それって違くない?って思うんですよ。この物語で描かれるキルドレたちの『歳を取ることが出来ない』という悩みと、現実の若者の『このまま自分の一生は繰り返しばかりで終わるんだろうか?』という悩みは違うでしょ? 青春の一般論としての普遍的な悩みとキルドレたちの悩みは一緒じゃないよね? 劇中で『明日死ぬかもしれないのに大人になる必要があるんですか?』ってセリフを主人公が言うんですけど、それも逆じゃないのかなぁ。普通は死がすぐ目前にあるからこそ充実した生を生きようと思うものじゃないの?  それに、主人公が娼婦に『気をつけてね』って言われた時に『何が?』って答えるんですよ。それはつまり明日死ぬとは思ってない......つまり、ふたつのセリフ自体がすでに矛盾してるんですよ。
 それとね、戦争代行業についてもね、たぶん言いたいことは『メディアを通じてしか戦争をリアルに感じることが出来ない』ことの欺瞞を描きたいんだろうけどさ......この設定だと本末転倒なんですよ。だってこの世界では戦争がゲームのように設定され、戦争参加者もゲームのように振る舞っている。それを非難されてもね。これが『現実には存在しない問題について悩む話』だって思ったところなんですよ。
 戦争をリアルに感じることが出来ないことと、若者たちののっぺりとした日常を同一線上で語ろうってことが、そもそもアンタ戦争ナメてるでしょ!って思っちゃうんですよね。だって戦争シーンだってリアルな痛みや恐怖はまったく描かれてないわけだし。すべて押井さん、あなたの頭の中にある話じゃん!って思っちゃいますよ。空中戦をかっこよく描きたいなら、そこはノリノリでかっこよく描けばいいじゃん! でもそこでヘンに深刻ぶってさ。それが本当にイヤだし、『人生は繰り返しじゃないんだよ』って言おうとしているのは分かったけど、でも、そのためにこの設定っているか?って。僕にはそれはやっぱり死とか戦争を弄んでいるようにしか見えなかったです。
 そして、もし本当に主人公が少しでも成長する、本当にこの繰り返しから一歩踏み出そうとするなら、あの世界の枠組みそのものを問い直すラストにならければ結末にならない!
 ......というね。あ、あとね、主人公の顔がNEWSの山Pに似てます。だからNEWS 好きの人にオススメ!」

http://www.tbsradio.jp/utamaru/2008/08/71.html
【MP3】http://podcast.tbsradio.jp/utamaru/files/20080809_hustler.mp3


◇ TBS RADIO 放送後記 第63回 (ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル)

10時からは無差別映画評論コーナー「ザ・シネマハスラー」(R.I.P 水野晴郎先生)。
今週のお題は『ザ・マジックアワー』!

三谷幸喜監督という人......世間ではたぶん、脚本とか演出が"うまい人"だと思われてると思います。けど、全然うまくないよこの人!
 この映画、CMを見てても分かるとおり、時代も場所もよく分からないような──おそらく古き良きハリウッド映画的な世界と思われる──フィクショナルな舞台設定で、"俺、これにノレるかなぁ?"って心配だったわけですよ。けど、映画を見始めたら、冒頭で綾瀬はるかが"この街、まるで映画の中の世界みたい......"みたいな、こっちを身構えさせるようなことを言うわけですよ。え、これ『ビューティフルドリーマー』的な映画なの? メタフィクション? 構造? 構造?って面食らっちゃって。でも見てるうちにさ......あ、このセットみたいな街、普通に日本の中にあるって設定なの? だったら普通、西田敏行みたいな怖い人たちは"ギャング"じゃなくて"ヤクザ"って言われるよね? とかさ。携帯ある世界なんだ? とかね。そのチグハグさにもう、"ノレねぇ〜"って。
 主演の佐藤浩市さんはね、茶目っ気があったし、"売れない役者"って負け犬役もよくて、つい感情移入しちゃいました。ただね、同じような"なりすまし型コメディ"の古典『サボテンブラザーズ』、あれはなりすます側も呼んだ側も相手の正体や思惑に気付いてないという、双方の勘違いが笑いを生んでましたよね。ところがこの映画では、佐藤浩市を呼んだ側の妻夫木聡くんたちは、単に佐藤浩市を騙してるんですよ。それがもう腹が立って腹が立って......!! それに、なりすまし型コメディで一番の見せ場は、なりすましていた主人公が、それがどうも勘違いだったらしいって気付くところでしょ? 『サボテンブラザーズ』だと、主人公たちがメソメソ泣くシーン。あそこ爆笑じゃないですか! 今回の佐藤浩市の役どころは誠実に役者をやってる人なわけだから、自分が映画の撮影だと騙されてたとわかったら、もっと感情の爆発が起こらないといけないと思うんだけど、そこはわりとアッサリ。
 つまり三谷監督、『ラヂオの時間』で言えば"ラジオ愛"、この映画で言えば"映画愛"を描くように見えて、結局そのジャンルのことナメてね?って気がしちゃうんですよね。
 でもね、この映画を面白そうだって思う人はいっぱいいると思うんですよ。それってつまりこういうことなんじゃないでしょうか......この映画、面白" げ"なんです。ウェルメイド"げ"なんです。よく出来てる"げ"なんですよ。全部"げ"なんですよ! その"げ"と、実際に本当によく出来てるものとは分けて考えて下さいよ!
 で、その"げ"の出どころを探っていくと、それはすべて三谷監督の佇まいにあるんじゃないかと。あのちょっとトボケた感じでテレビに出てくると、あ、この人、ちょっと面白"げ"だぞ、って思うじゃないですか。オレも思うもん。あの人、やっぱり凄く魅力的なんですよ。ただ、三谷さんのそんな"げ"にみんな煙に巻かれちゃってる。"げ"が好きならいいけど、それはやっぱり"げ"に過ぎんぞ! で、その"げ"が最も活きるのって、やっぱり舞台なんでしょ、きっと。だから三谷さんは舞台に戻るのがオススメです!
 いやぁ......映画って本当にいいものですね!」

http://www.tbsradio.jp/utamaru/2008/06/63.html
【MP3】http://podcast.tbsradio.jp/utamaru/files/20080614_hustler.mp3


◇ TBS RADIO 放送後記 第68回 (ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル)

無差別映画選定マシーン(=サイコロ)を使用しての
アトランダム映画評論コーナー「ザ・シネマハスラー」。
今週のサイの目映画は「ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌」。

「まず言っておくと、一作目は見てません。それから水木しげるさんの熱心なファンというわけでもありません。それを前提に聞いて下さいね。
 あのね、『とってつけたような』って表現があるじゃないですか。『とってつけたような』キャラクター、『とってつけたような』シーン、『とってつけたような』メッセージ、『とってつけたような』ギャグ......この映画は全編それで成り立ってるんですね。
 ウェンツ瑛士が鬼太郎って、普通『え?』ってなるキャスティングでしょ? でも2作目がつくられるぐらいだから、きっと逆にアリ!ってことになってるんだと思ってたんですよ。そしたらねぇ......ビックリするくらいナシ! ウェンツ君、顔立ち云々以前に背が高すぎるし体格も良すぎるでしょ。他のキャラクターと並んでる絵面とか、コスプレ感以前にウェンツ君かわいそうってなるんだよね。あんな似合わない格好させられて。あと、そもそも夏休み公開の映画で舞台が冬ってどういうこと?
 あと、これは間違いなく監督と脚本のせいなんですけど、撮り方とか台詞があまりにヒドイから、例外なく役者が下手に見えます。その最大の犠牲者が、ぬらりひょん役の緒形拳。一応、日本を代表する役者ですよね。それが、『あれ? 緒形さんってこんなに下手だったっけ?』って。これは確実に緒形さんのせいじゃないとは思うんですけどね。ただ、一番の大ボスで最も怖く見えなきゃいけないのに、上からベターって撮ってるせいで凄く卑小な存在に見えちゃうんだよね。カットも割らないからずっと瞬きしてるのも丸見えで、凄く人間っぽく見えるという。
 『少林少女』とか『カンフーくん』ばりに、シーンとシーンが意味のある論理的な繋がり方をしてないんですよ。だからね、意味が分かんない。なんでそのキャラがそこにいるの? なんでそのキャラがそういう行動をするの? とか、そんなんばっかり続くから圧倒的につまらない。興味が持続しない。
 もの凄く安易なメッセージ"の・ようなもの"も出てくるんだけど、人間と妖怪の共生みたいなテーマをあたかも"現代的な問題意識を盛り込んでる風"にするのはもうやめようよ。異なる他者同士が共生するっていう非常に深刻な問題を、『絶対真面目に考えてないよね?』ってくらい安易に処理しようとするんですよ。そういう着地するんだったらむしろ扱わないでくれる?っていう。それくらい腹が立ちました。加害者が被害者に贖罪して相互理解を求めるんだけど、まず1000年前の出来事に現代の人間が罪の意識を感じ始めるのがおかしいし、なおかつ勝手に和解を求めて、妖怪側もそれを許しちゃうっていう。これをご都合主義と言わずして何と言う!? 本当に有害だと思います。これだったら単なる勧善懲悪のほうがよっぽどマシだよ!
 本当、なんでこんなの映像化しちゃったんだろ? 『鬼太郎』の映像化と言えば、先だってアニメで『墓場鬼太郎』っていう凄いのが出ちゃったじゃん。少なくとも『墓場鬼太郎』以降の感覚でやるか、それか本当に子供向けのアニメにするか。『鬼太郎』の映像作品だったら『墓場鬼太郎』のほうがオススメです!」

http://www.tbsradio.jp/utamaru/2008/07/68.html
【MP3】http://podcast.tbsradio.jp/utamaru/files/20080719_hustler.mp3


※過去の宇多丸師匠関連
http://d.hatena.ne.jp/n-291/searchdiary?word=%b1%a7%c2%bf%b4%dd%bb%d5%be%a2
http://d.hatena.ne.jp/n-291/searchdiary?word=%b1%a7%c2%bf%b4%dd