ハインリヒ・ヴェルフリン(Heinrich Wölfflin, 1864年6月21日 - 1945年7月19日)は、スイス、ヴィンタートゥール出身の美術史家で、近代的な様式論を確立した。
父のエドゥアルト・ヴェルフリンは大学教授でラテン語学者であった。学生時代にヴェルフリンは父の紹介で個人的にヤーコプ・ブルクハルトに出会い、終生親しく師事した。大学卒業時、22歳で学位論文「建築心理学序説」を執筆した。イタリア建築の研究を続け、1893年、ブルクハルトの後任としてバーゼル大学に招かれた。その後、ベルリン大学、ミュンヘン大学教授を歴任。1915年に代表作『美術史の基礎概念』を刊行。1924年、故郷のチューリッヒ大学に移った。1945年7月、チューリッヒで死去。
美術史の基礎概念
『美術史の基礎概念』(Kunstgeschichtliche Grundbegriffe, 1915年)はヴェルフリンの主著。16 - 17世紀の美術史をルネサンス(古典主義)様式とバロック様式の対比で特徴づけたもの。ヴェルフリンは様式を単なる個人の志向や時代的背景から説明するのではなく、様式の変遷を人間精神の発展と捉え、古典主義 - バロックの対比を5つの表現形式によって説明した。
- 線的なもの - 絵画的なもの
- 平面 - 深奥
- 閉られた形式 - 開かれた形式
- 多数性 - 統一性
- 明瞭性 - 不明瞭性
総じて古典主義では明瞭な形があり、各部分が独立しながら全体の中に秩序付けられている。バロックでは変化・運動が見られ、各部分は全体のモチーフに従属している。また、こうした表現形式の変遷を16 - 17世紀だけでなく、多くの文化史上にも見られる現象として捉えた(全ての様式がバロックを持つ)。
◇ 三重県立美術館/ミニ用語解説:美術史の基礎概念 土田真紀
1915年に刊行した『美術史の基礎概念』という代表的な著書のなかで、ヴェルフリンは、ルネサンス美術とバロック美術を対比しつつ、それぞれの美術の形式には以下のようなそれぞれ対立する5つの基礎概念が見て取れるとした。
1 線的−絵画的 (左頁の「エルミタージュ美術館展への手引き」を参照)
2 平面−深奥 前景と後景を同じ平面上に並立させて配するか、それとも前後関係を強調して深い奥行を実現するか
3 閉じられた形式−開かれた形式 画面の枠が課す法則にしたがい、そのなかで完結しているか、それとも法則から自由であろうとし、枠からはみ出そうとするか
4 多数性−統一性 各部分が独立を保ったまま集合しているか、それとも部分が全体のうちに不可分に結合しているか
5 明瞭性−不明瞭性 個々の形態が明瞭に表現されているか、それとも輪郭が不明瞭で、全体のなかに融け込むようであるか
ヴェルフリンは、ルネサンスとバロックをこの5つの対立する概念で規定するだけでなく、ルネサンスからバロックヘという流れを形式の必然的な展開と見なし、歴史のなかで繰り返されると考えた。こうした彼の見方は、美術を美術以外の何かと関連づけるのではなく、美術を美術たらしめている最も純粋な側面に注目する美術史学の立場を代表している。
実のところ、上のような箇条書きによってヴェルフリンを紹介したのでは、彼の方法をただ独断的ですでに古びたものに思わせるだけではないかと危惧を抱いている。確かに美術の純粋な側面のみを強調した彼の方法はその後様々な批判を受けたが、今日、彼の著作の真価は、結論としての5つの基礎概念よりも、それを導き出す個々の作品に即した鮮やかな分析にこそ見出されるように思われる。
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/tomonokai/tomodayo-yougo/woelfflin.htm