Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

再録:モニタ上のちいさなメディアたち - 海難記

昨日の朝日カルチャーセンターでの荻上チキさんとの対談は、思いのほか(?)充実した内容となり、得るところが大きかった。ただ、やや理論的な話が多くなってしまったので、私自身の「小さなメディア」体験としての「はてなダイアリー」の初期のエピソードとして、【海難記】の前にやっていた《陸這記》の2004年のエントリーを以下に再録してみたい。


これは『思想地図』や『ロスジェネ』『フリーターズ・フリー』といった、このところ話題になっている「新雑誌」の萌芽は、いまから4年も前の2004年に、すでにネット上で兆していたという事実の証言であり、報告でもある。

東さんの「波状言論」の試みをぼくが応援したいのも、思想家や批評家は自分自身がそこで自由に文章を発表できるメディアをかならず確保すべきだと考えているからだ。吉本隆明には「試行」があり、鶴見俊輔には「思想の科学」があったから、彼らは戦後日本で数少ない「思想家」でありえた。東さんの世代に「批評空間」が大きな影響を与えているのも、そのせいだろう。今後、商業出版の落ち込みがすすむにつれ、研究や文章を書くという仕事と、編集や出版という作業は、より密接につながっていくはずである。


そういえば、「編集的な執筆者」の代表ともいえる小熊英二上野千鶴子と二人で鶴見俊輔に話を聞いた『戦後が遺したもの』(新曜社)を読んでいたら、面白い記述があった。「思想の科学」はいちばん売れた号(1962年の天皇制特集号)で、それもわずか1万7000部にすぎなかったのだ、という。おそらく末期の「思想の科学」は数千の前半だったろうし、90年代の雑誌でいうと「批評空間」も「インターコミュニケ−ション」も、もちろん「季刊・本とコンピュータ」だって、数千のレベルだ。つまり、批評誌(および、ある種の文芸誌)は、その程度の部数でいいのである。


波状言論」の鼎談で、第二期「批評空間」の失速の理由は「文学」と「社会学」を排除したことにある、というような話が出てくる。ぼくには「エフェメーレ」と「波状言論」の二つの電子雑誌が、このときに「批評空間」が排除してしまった(というより、ついに語りえなかった)領域を引き受けているように思えてならない。そして、たまたま自分が係わったから誉めるわけではないが、このふたつの電子雑誌は、印刷媒体として発行された「重力」や「新現実」よりはるかに内容的に面白いと思う。その理由も、もっときちんと考えないとならない。それはたぶん、あと1年残されている、ぼくの本業のほうでやらなければならない仕事なのだろうな。

http://d.hatena.ne.jp/solar/20080622#p1
仲俣暁生さんの過去記事再録。


◇ インターネット時代の「小さなメディア」の使い方〜開講まであと1週間 - 海難記
http://d.hatena.ne.jp/solar/20080615#p1


路字[roji] 変わりゆく町の中で、足下から考える。

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