Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

デジタル・オイル・ペインティング展 メモ - 隣の誰かと遠くのあなたを

1月17日のシンポジウムのメモです。

以下の内容は個人メモであり、主観、聞き間違えなどはご了承ください。

とあるように、モニタを使用して表示する以上、初めからそれを想定した表現=photoshopを駆使して、あらゆる画像を「RGB」として等価に(言ってみれば暴力的に)扱うことが「外部性」となり得ている表現群の方が今は「つよい」。 「解体されるキャラ」で取り上げた「ダミーオイル」*1は、photoshopでシミュレーションすることが面白かった。シミュレータでシミュレーションできるのは当然で、そこが表現の強度にはなり得ない。

フォトショップはブラシを自分で定義できるが、そのカスタマイズ性=hackabilityが「事故」を起こす。その部分をどう作っていくのか。

また、梅ラボの作品は、ウェブ上に存在する画像を集積することが表現の強度になっている。*2

今回、岡崎乾二郎の中では要は「隠しパラメータ」というのがキーワードで、ようは、それに気づいた奴が勝つよ、と。批評家、美術家の黒瀬陽平梅沢和木の作品を「リテラシーを要求する」と指摘していることはこれと同じで、キャラであることや、画像であることがパラメータとして機能している。と言っていいのかな。

三次元データとレイヤー概念の兼ね合いをどう付けるのか。また、プロセスの記録をどのように表現へとアップデートしていくのか? らへんに面白い提示を期待したい。

やっぱり、出力形態と密接にかかわったツールになると面白いんじゃないか。三次元プリンタと連動した制作ツールであれば、いろいろな創造性を引き出しうるはずだし、人間は細かな差異にはかなり敏感に反応できるといったとおり、モニタで表現した凹凸と、現実の凹凸も区別できてしまうのだから、そこの対応は必要。*3

あと、スティルとムービーの違いが実は形而上的あるいは、認知心理学的なものである。という指摘もかなりやれるテーマだろう。デジカメの普及でますますその差の曖昧化に拍車がかかっているような気もするし、想像的力学なんてマンガじゃ当たり前の話だし、JNTはインタビューで「静止画ではなく、動画としてのクオリティを上げて絵を描いている」と発言していて、その点も既に作家は挑戦している領域だ。

http://d.hatena.ne.jp/kno_apm_kgd/20100127/1264607558
神野智彦さんのはてなダイアリーより。


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