Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

西欧の傲慢さ撃つ屈折 蓮實重彦氏が見たゴダールの新作 - 文化トピックス - asahi.com(朝日新聞社)

 さる12月3日に80歳の誕生日を迎えたジャン=リュック・ゴダールの6年ぶりの新作「ゴダール・ソシアリスム」(2010年)が、長編第1作「勝手にしやがれ」(59年)の公開から半世紀後のいま、日本で封切られる。合衆国はいうまでもなく、ヨーロッパの国々でさえほとんど一般公開されるあてのない作品である。カンヌ国際映画祭では監督不在のまま上映されたいわくつきの作品がごく普通に見られるのだから、ゴダールと日本との浅からぬ因縁をまずは祝福したい。カンヌの事務局に欠席の通知を書き送った彼自身の書簡には小津安二郎監督の肖像写真が同封されていたというが、本年度のアカデミー賞名誉賞の授賞式にも出向かなかった彼は、いったい誰の肖像写真をそえて詫(わ)び状を送ったのだろうか。

 マノエル・デ・オリヴェイラ監督は102歳の今も新作を準備中だし、ゴダールと同年齢のクリント・イーストウッド監督も毎年新作を発表しているのだから、監督が79歳だということだけが話題になるのではない。驚くべきは、この作品にみなぎっている不気味なまでの若さだ。HDカムで撮影された映像と音響はかつてない鮮度で神経を刺激し、地中海のうねりは海神ポセイドンの怒りを、耳を聾(ろう)する風音は風神アネモイの吐息を、男女の表情はロゴス=真理を直截に画面に招き入れる。そんな瞬間を映画で体験したこともなかったので、誰もが映画生成の瞬間に立ち会っているかのように興奮するしかない。

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201012170389.html
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201012170389_01.html