それは、ただ、確かにあることはあるのだが、実態を持たない情報として、ちょうどピンホールの中の像のように、いつもボクの回りに映っていた外国の地へ飛び出すことと、ピンホールの箱の中から外へ出るように、ちょうどヤドカリがカラを捨てるように、ピンホールを捨てたいという気持ちが、奇妙にダブッてボクの気持ちをモヤモヤとさせていた、そのモヤモヤでしかないのだが……。
では、ここで捨てるはずのピンホールをまたやってしまった、パリでの展覧会について少し記しておく。
ボクは、パリでこのヤドカリのカラを画廊にあずける事に成功したと思った。やっとピンホールが、ただのピンホールへと近づきスッキリと自由になって来たと思うのだが……?
スッキリしたと言えば聞こえはよいが、息づまった(原文ママ)といったほうがいいかも知れない。ボクは馬鹿だから、ピンホールを使って自分の思想なり観念なりを表現するなんてことは出来ない。そして、もともと専売特許になるはずもない、ピンホールというアイディアを振り回し勝負しようとも思わない。今をときめく原口典之が、パリの地でいみじくも、「キミ、ピンホールは美術だから通用するんだョ。それはアイディアでしかないョ。オリジナルでもなんでもないョ、理科だったら小学生でも知っているョ!」と言ったように。
(『美術手帖』1977年11月号所収)