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福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

顕示的消費とシミュラークル : 記号消費論の一断面 - CiNii 論文

顕示的消費とシミュラークル : 記号消費論の一断面
Conspicuous Consumption and Simulacra : One Section of Semiotic Consumer Theory
白石 哲郎
SHIRAISHI Tetsurou

現代のモノは,ライフスタイルや社会的地位といった「コノテーション(connotation)」の誇示によって自己を他者と差異化する「差異表示記号」として,あらゆる社会的階級に消費されている。他者への優越を志向する「顕示的消費(conspicuous consumption)」の民主化は,資本主義的生産様式の漸進に伴って進展してきた。本稿では,ジャン・ボードリヤールによる「シミュラークル(simulacra)」の変遷に関する議論と,フレドリック・ジェイムソンによる資本主義生産様式の発展段階の三類型とを相関させながら,近代以降の顕示的消費の歴史過程を明らかにする。また,このアプローチを足掛かりとして,コードの潜在化とその強制的な読解という現代における記号の政治的機能が,記号消費社会特有の文化的病理にどのように関与しているのかについて考察する。

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007974688


◇ 白石哲郎 - BAKER(佛教大学論文目録リポジトリ)検索結果一覧画面

ふたつの記号理論と文化の社会学に関する試論 I
An essay on two semiotics and the sociology of culture I
白石哲郎
佛大社会学 ( 36 ) 2012年03月25日


グローバル社会における「文化的なもの」の共時性
Synchronicity of the cultural on a Global Society
白石哲郎
佛大社会学 ( 35 ) 2011年03月25日


記号消費社会の特性
Symbolic Character of the Consumer Society
白石哲郎
佛教大学大学院紀要. 社会学研究科篇 ( 39 ) 2011年03月01日


シミュラークルのグローバル性
Globality of Simulacra
白石哲郎
佛大社会学 ( 34 ) 2010年03月25日


顕示的消費とシミュラークル : 記号消費論の一断面
Conspicuous Consumption and Simulacra : One Section of Semiotic Consumer Theory
白石哲郎
佛教大学大学院紀要. 社会学研究科篇 ( 38 ) 2010年03月01日


モノの記号性の近代史
The Modern history of semiotic on commdity
白石哲郎
佛大社会学 ( 33 ) 2009年03月25日


ハイパー現実とイメージ消費のグローバル化
Hyper-Reality and the Globalization of Image Consumption
白石哲郎
佛教大学大学院紀要. 社会学研究科篇 ( 37 ) 2009年03月01日


グローバル化の時代における文化概念
Cultural concept in the Glovbalization Era
白石哲郎
佛大社会学 ( 32 ) 2008年03月25日


グローバル化のなかの文化
白石哲郎
佛教大學大學院紀要 ( 36 ) 2008年03月01日

http://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/baker/search-G0000019ronshu?q=&author=%E7%99%BD%E7%9F%B3%E5%93%B2%E9%83%8E&count=20


◇ 記号消費社会の特性 白石哲郎

 ジャン・ボードリヤールは物を言語的な存在,すなわち「記号(signe)」と捉え,フェルデ
ィナン・ド・ソシュールを祖とする「文化記号論(Cultural Semiotics)」の知見に依拠して
消費社会を体系的に分析した代表的な社会学者としても知られている。本稿では,ボードリヤ
ールの消費社会論にただ準拠するだけでなく,消費現象の研鑽に先鞭をつけた理論家や記号論
者の思想とも交差させながら,現代という記号消費社会の特性を体系的に論考していく。
啓蒙思想に支えられて近代国民社会が成熟していくなかで,物が生存を維持するための必要
性という合目的的な論理を超越して,「地位」や「個性」という「社会的な意味」(Baudrillard
1970=1995 : 95)を表現する記号として消費されるようになってきた。このような生産至上
主義社会から消費社会への変化という脈絡についてボードリヤールは,「かつての製鉄業(メ
タリュジー)は,今では記号製造業(セミユルジー)となった」(Baudrillard 1976=1992 :
185)と形容している。本論に入る前に確認しておきたいが,記号とは曖昧なかたちで濫用し
てはならない「学術用語」である。ボードリヤールが物を記号と見做すとき,「物品さえもが,
何かを意味するなら,ことばとなれる」(Barthes 1957=1967 : 142)と道破したロラン・バ
ルトの「記号学(sémiology)」に倣って,基本的には「記号表現(signifiant)」(物の外形部
分である色・かたち・デザイン・付属品・ブランドアイコン)と「記号内容(signifié)」(物
の意味内容である地位・個性)の「連合的総体」(Barthes)を指示していると考えられる。
ボードリヤールは,「物はもはやはっきりと規定された機能や欲求にはまったく結びついて
いない」(Baudrillard 1970=1995 : 93)と指摘し,その「記号性」(所有されることによっ
て,ある実在およびその表象を表現する性質)に焦点を当てる。後期近代の大衆は,機能(使
用価値)と直結した「道具」としてではなく,「理想的な準拠としてとらえられた自己の集団
への所属を示すために,あるいはより高い地位の集団をめざして……自分を他者と区別する記
号として(最も広い意味での)物を常に操作している」(Baudrillard 1970=1995 : 68)ので
ある。
 ただ,「物の機能からの解放」,つまり「物の記号性」という視座は,ボードリヤール以前に
ヴァルター・ベンヤミンとソースティン・ヴェブレンが既に提示していたものである。

http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DS/0039/DS00390L001.pdf