Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

門井幸子 写真展「PHOTOGRAPHS 2003-2008」@蒼穹舎 ギャラリー

開催中〜12月4日(木)
http://www.sokyusha.com/gallery/20081121_kadoi.html
http://www.sokyusha.com/


◇ 門井幸子/Kadoi Sachiko photosite

2008年の個展に寄せて

初めての個展より4年が経ち、今回蒼穹舎大田さんのお力添えで写真集を刊行することができました。
毎年続けて参りました個展『ユメノシマ』の、2006年の砂利山のシリーズの展示に「眠りにつくとき」というものがあります。
これはリヒャルト・シュトラウスの「四つの最後の歌」の第三楽章のタイトルであり、私の大好きな曲のひとつで、砂利山の写真をみていたときになぜか頭のなかに流れたものでした。


Und die Seele unbewacht, Will in freien Flugen schweben,
Um im Zauberkreis der Nacht tief und tausendfach zu leben.
そして魂は解き放たれ自由に飛翔する
夜の魔法の世界の中で、深くそして千倍生きるために


と最後に歌われるH・ヘッセの詩は、毎日の眠りと永遠の眠りとを感じさせるものであり、単なる偶然ではないように思え副題としたものでした。
30歳になってからの10年の間に、わたしのまわりで多くの"順番の違う"死がありました。とりわけ、日々一時間に及ぶ長電話をし語り合った友人を失ったことは、私自身もまた浦島太郎のように何かが遠く過ぎ去ってしまったような思いがいたしました。
旭川にあるその友人のご実家を毎年訪ねながらの北海道、祖父がスケッチに通った伊豆の島々、母の故郷である西静岡の遠州灘など写真の旅を続けるうちに、草花や昆虫や木々のようなものにだけではなく、眼にうつるものすべてが、同じ生命の循環のなかにあるように思えくるようになりました。
行くたびに少しずつ形を変え、あるとき更地になって消えていく砂利山にも、また侵食によって砂に埋もれていくテトラッポットにも、人や自然の一生と同じ美しさやはかなさを感じ、今では愛でるような気持ちにさえなっています。
私はそれを「第二の自然」と呼び撮り続けています。初めて「四つの最後の歌」を聴いた岐阜県徳山村もすでに地図の上からなくなり、どれひとつとしてとどまることのない、言わばすべてもの生き死にの断片を集めるような作業といえると思います。
今回、『公園』『北海道』『砂利山』『伊豆七島』『浜岡砂丘』という自分のなかにあるプロジェクトのうちの4つのなかから少しずつセレクトし構成いたしました。
今までお世話になった方々、また撮影地におきまして出会った人々、出合ったものすべてに「ありがとうございます」と感謝の気持ちを述べたいと思います。
そしてこの5年間の作品から今回28点ではありますが、写真集の刊行とともに個展を開催し作品をみていただけることはこの上ない喜びです。どうぞぜひお立ち寄りください

2008年11月 門井幸子

http://www015.upp.so-net.ne.jp/s_kadoi/