ずいぶんと多くなったように思います。
しかし、ドクター茂木健一郎の著作が
そうした著名人の本棚本として取り上げられているところを、
私はかつて一度も見たことがありません。
……なんてことを、今年のはじめに青山ブックセンター六本木店に行って、
アトリエ・ワンと川上未映子さんの同様の企画を眺めていて思ったことを思い出しました。
ちなみに、アトリエ・ワンのほうには『高橋悠治 コレクション1970年代』がありました。
川上未映子さんのほうには、当然ながら永井均さんの著作がありました。
◇ 高橋悠治『高橋悠治コレクション1970年代』 - 「石版!」
この文章で批判の矛先を向けられているのは、おそらく武満徹だったろう。武満(1930年生まれ)と高橋(1938年生まれ)の生年には8年ほどしか差がないけれども、高橋が書いたこの文章の鋭さは、同時に彼らの世代間の溝をも深く刻んでいるように思える。高橋の先行世代にとっては、西洋で既に評価された音楽の要素を取り入れれば「音楽ができた」。たとえば、武満がメシアンを真似たように、一柳慧がジョン・ケージを吸収したように。でも、高橋はそのような「めぐまれた環境」にはいなかった。彼は既に試行錯誤し、自ら作り出さなければ評価を受けることができない、という状況にいたのだ。本全体を貫く、強い切実さはそのような状況からも生まれてきたものではなかっただろうか。
徹底したロマンティシズムの排除にも、アンチ先行世代的な態度があらわれているのかもしれない。小林秀雄のモーツァルト論に対する痛烈な批判(要約するならば、小林は勝手にモーツァルトの音楽を私有化して自分語りをおこなっているに過ぎない、というような内容だと思う。これは私も強く感じていたことだった)や、ベートーヴェンの亡霊が裁判にかけられるという戯曲的な文章は、あらゆる音楽が近代的かつロマン主義的な芸術家の姿(作品によって感情を語る、というような)へと回収され、それが一種の道徳にもなっている状況への強い嫌悪感がヒシヒシと伝わってくる。
そこでの高橋のメッセージには「純音楽」(音楽のために音楽がされる、自己目的的な音楽)はもはやありえないものとなっている、という強いメッセージがこめられているようにも思う。これを「状況にコミットしない音楽は単なるブルジョアの嗜好品に過ぎない」という実に社会派的なものと読み替えても良いかもしれない。ただし、このような反ロマン派的態度さえも一種のロマン派的態度と読めるのはたしかである。反抗する状況がどこにあるのかすら確かではない時代からすれば、まだ1970年代に高橋がいた状況もめぐまれたものと思えてくる。
http://d.hatena.ne.jp/Geheimagent/20080302/p1
>>>[要再聴] 高橋悠治+茂木健一郎:公開トーク『他者の痛みを感じられるか』2005年12月17日(土)
http://d.hatena.ne.jp/n-291/20090422#p2