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福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

今週の本棚:堀江敏幸・評 『農耕詩』=クロード・シモン著 - 毎日jp(毎日新聞)

 ◇裏返る時間と後退にしかならない前進
 クロード・シモンがまだノーベル賞作家となる前、一九八一年に発表された長篇『農耕詩』最大の特徴は、異国の文法で言うところの現在分詞で切れ目なく構築された文章にある。途切れることなくつながっていく濃密な描写に魅了されて言葉の流れを追えば追うほど、総体がぼやけて見えなくなってくるのは当然だが、奇妙なことに、見えなくなるのを愚としない特異な世界がここでは堂々と提示されている。

 茫漠(ぼうばく)とした印象をもたらす原因は、「彼」と呼ばれる人物が登場する第1部にあると言っていいだろう。全体は五部構成で、「彼」の影は最後まで消えずに残されるのだが、じつは、このおなじ人称代名詞で示される人物が三人いるのである。ナポレオン軍の将として欧州を転戦し、退役した「彼」。第二次世界大戦時、ムーズ川での戦いで潰走(かいそう)する「彼」。そしてスペイン内戦に義勇兵として志願した「彼」。三人の人物の、異なる過去における現在がみな「彼」によって示されるため、いったいなにが起こっているのか、読者はとまどう。ところが、第5部まで読み通してみると、全篇がまさに精緻な時間の織物として機能していたことが、とまどいを残したまま実感できるようになっているのだ。

http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20120212ddm015070025000c.html


>>>クロード・シモン『三枚つづきの絵』とベン・ジャッド「The Future Never Looks How You Expected It To Look」と蓮實重彦『陥没地帯』と
http://d.hatena.ne.jp/n-291/20090810#p3


>>>安易 - オム来襲
http://d.hatena.ne.jp/n-291/20080322#p2