Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

喜安 朗『パリの聖月曜日 ―― 19世紀都市騒乱の舞台裏 ――』(岩波書店)

19世紀初頭のパリで繰り返された民衆騒乱の背景には何があったのか.労働者が月曜日も痛飲して休みにしてしまう「聖月曜日」の習慣,路上で物売りをして生計をたてる人々,コレラ流行の際に流れた毒薬散布の噂,居酒屋でつくられる仲間同志の絆…….近代初めの都市の日常生活世界を生き生きと描き出した社会史の傑作.

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/60/6/6001910.html

 「花の都」と呼ばれ,ヨーロッパの芸術・文化の中心として多くの文人たちの憧れの的となった都市パリ.しかし,19世紀前半,とくに下層労働者たちの住む街区において,この都市がどのような状態であったのかを知れば,多くの人は肝をつぶすにちがいない.
 上下水道は整備されておらず,地方から流入してくる出稼ぎ労働者たちの住む貧民街は不潔きわまりない状態で,糞便は五階の便所からあふれ出,住民たちは屑の上に寝ていた.また,値段の高い風呂屋を利用できない民衆は,セーヌ川の水浴場で身体を洗っていたという.
 フランス革命後のパリは,医療・交通・警察・教育など,あらゆる近代的社会制度が未整備な状態で,しかも旧制度下に存在した中間社団は解体してしまっていた.そのなかで人々は,「聖月曜日」(労働者が,日曜日ばかりか月曜日まで痛飲して仕事を休みにしてしまう習慣)に象徴される自律的な生活習慣を保ち,「関の酒場」などを中心とする人的結合関係を築いていた.そして,そこに暮らす人々の自由で自律的なありかたが,いわば労働者独自の「文化」をつくりあげ,七月王政期のストライキ運動を支えていた,というのだ.
  本書は,このような近代初頭の都市民衆の生活空間のありかたを,当時の公衆衛生学者や警察の調査報告などから日常生活の細部にそくして生き生きと描く,歴史叙述の傑作である.コレラ流行の際にさえ,人々は病院に収容されることを嫌がり,あまつさえ当局によって毒薬が散布されたという噂が広まり暴動が起きかかるエピソードなどは,当時の民衆の心的態度を象徴しているようで興味深い.小説や映画だけではわからない,もう一つの19世紀パリの世界が,ここにある.
(現代文庫編集部・中西沢子)

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6001910/top.html