Übungsplatz〔練習場〕

福居伸宏 Nobuhiro Fukui https://fknb291.info/

Jay Chung and Q Takeki Maeda: Hans Ulrich Obrist Interviews Volume I-1

http://www.amazon.co.uk/Jay-Chung-Takeki-Maeda-Interviews/dp/3865607705

翻訳の意味, 2010/10/17
By og
レビュー対象商品: Jay Chung and Q Takeki Maeda (ハードカバー)


この書は気鋭のキュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリストによる過去50年のビジュアルカルチャーに関わりのある著名人へのインタビュー集 Hans Ulrich Obrist: Interviews(2003)の初邦訳版の「上巻」である。


今回翻訳された内容は原著の半分に満たないものだが、90年代以降の現代美術の主要な動向を読むことができる。ぜひとも「下巻」を出してほしい。なかでも、ジャン・ルーシュ、スチュアート・ホール、コンスタントなどから中堅アーティストへの流れは、これまでつながることのなかったパズルがはまるニクい選択だ。作品のみの情報が脈略なくやってくる日本において、現代美術とそれをとりまく状況を、その背景や文脈を通じて読むことができるのは貴重な体験である。すでに10年前の話とはいえ、こうした時差を含むこれまでの日本のシーンの盲点がはっきりと見えてくる。


なぜ本書がいま突然目の前に(しかも日本語で)現れたのか? それはこの書のもつ隠れた内容でもある。本書は傑出した内容をもつ翻訳本というだけではなく、若手の気鋭アーティスト Jay Chung & Q Takeki Maeda のアート作品である。
アーティストによれば、彼らの限られた手段と孤独な労働を辛抱強く繰り返すことで、アーティストの観点から原著を擬人化するねらいがある。ここでの翻訳の機能は原著を別のものに変えるために使用されている。実際、海外の展覧会や書店でも発表され、本書はまったく機能不全で、よそよそしい彫刻として流通されるようだ。言語が理解されない場所での、還元されたジェスチャーのみの提示によって、読む者がこの書を容易に手なずけることを拒んでいる。それはオリジナル(原著)のテーマや生産方法についての巧妙な作り替えである。オリジナルに新しい視点を与え、オブリストというメディアへの反動、本書の会話の内容や人格までも拒絶するといった辛辣な表現もそこには含まれているのだ。


この作品の本質は、あらゆる文脈がどのようにやって来るのかという問いにあるだろう。この問いは現代美術におけるいわば伝統である。そして、90年代にアートをはじめた者にとって常に立ち返るべき問いでもある。時代の精神の下部構造を深くえぐることの労をこの作品は惜しまない。アーティストたちの興味深い会話を親しんで読むうちに、われわれはこの翻訳の意味を突如理解するのだ。これはわれわれのアートであり、その出発点をここに見出すこととなる。
この書にのればすぐに跳ね返されるのもまた事実だ。この作品はわれわれのアートの出自とその文脈とのずれを、アンビバレントな心情として読み替えることなく、この書が文字通りまったく意味不明の物体であるということで告発している。
そして、文脈への批評精神がここからはじまるのもまた事実なのだ。

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