swissinfo.ch : こうした、脳の知的機能において、男女間にも人種間にも差異がないという認識は最近のものなのですか?
ヴィダル : かつてホルマリン漬けの脳を調べていた時代とは違い、MRIなどの新技術のお蔭で、脳を生きた形で解析でき、15年ぐらい前から脳の機能に関する概念が根本的に変わった。
では、こうしたイデオロギー的男女差、人種差を否定する根拠として、何が新しく分かったのかというと、それは脳の「可塑性(plasticité)」と呼ばれるものだ。
脳は環境によって、つまり家族、社会、教育環境によって大きく左右される。例えばピアニストの脳においては、指の動きや聴覚を司る大脳皮質の部位がかなり厚くなっている。この厚さは、子供のときピアノを何時間弾いたかによって変わる。
また、三つのボールを(お手玉のように)両手で操ることを学生に試みてもらい、その脳をMRIで調べたところ、わずか3カ月で視覚と手・腕の動きのコーディネーションを司る大脳皮質部位が厚くなっていることが分かった。しかしやめるとこの部位の厚さは減退していった。
こうした環境によって、また始める学習や運動によって脳の部位が変化することを可塑性と言う。
swissinfo.ch : 知的行動において男女の脳には差はないということは理解できましたが、一方で、女性はテレビを観ながら同時に電話で話せるマルチ行動ができる。それは左右の脳を繋ぐ部位が女性の方が発達しているからだという説をよく聞きますが、これをどう思われますか?
ヴィダル : 女性のほうがマルチ行動に優れているというのは、完全なまちがいだ。1982年に切断されホルマリン漬けされた脳を調査したある学者が、女性の方が左右の脳を繋ぐ神経の束の部位、つまり脳梁(のうりょう)が厚いと発表した。そのために女性の方がマルチ行動ができるという説を立てた。
しかし、彼が調べたサンプルの脳は僅か20個に過ぎなかった。現在、MRIを使い、100人もの脳梁を調べた結果、男女でこの部位の厚さに違いは見られなかった。
swissinfo.ch : ということは、むしろ女性が料理をしながら同時に横目で子どもを監視し、さらに夫とも会話しなくてなならない環境が、女性をマルチ的にしていったということでしょうか?環境が脳を変えると先ほどおっしゃたように。
ヴィダル : まず、マルチ行動は女性だけのものではないということ。男性のパイロットでもマルチ行動を取っている。仕事のチームリーダーは男性でも女性でも、マルチ行動を取っている。
結局、マルチ行動を取り続けると、まさに前に述べたように脳の可塑性によって、それに必要な部位が発達するということが重要で、それは男女に関係ない。またそこを使わなくなれば、それは衰退するということだ。
脳の可塑性は、また、年齢にも関係なく、60歳でも何か学習を始めたらその部位が発達するということだ。これは人類に希望を与える、素晴らしいことだと思う。
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